まめまるパニック障害diary

元看護師の まめまる です。自由気ままにパニック障害についてや、好きなことを書いていきます!

夜中の発作とアイスノン

 

 

 

パニック障害で驚いたことは、寝てる最中にも突如発作が出現することでした。

いきなり襲ってくるので飛び起きるなんてことはしょっちゅうありましたが、ここ最近は頻度が減っておりそれなりに対処出来てきているとおもいます(^^)

 

 

昨夜も久しぶりに発作で目が覚めました。友人が泊まりに来ていたので、起こさないようキッチンへ…

 

 

 

そしてアイスノン準備してまた横になる…

パニック障害の発作で灼熱感や頭が混乱する感じもあるのですが、アイスノンで頭を冷やしたり保冷剤で額を冷やし深呼吸するとなんだか落ち着くのです…

エビデンスはわからないのですが…

もしやったことない方いらっしゃいましたら、騙されたと思って一度やってみてください!

(わたしだけなのかな??…笑)

 

 

 

あと春夏など少し暖かい時期も外出時は保冷剤をハンカチに包み持ち歩いております!

暑いと息苦しくなりますよね…_(:3 」∠)_

あとは必ずTシャツは着用しいつでも脱げるようにしております。

 

 

パニック障害が発症してから体温調節が苦手になってしまったので、このように自分なりの対策を見つけました(^.^)

 

参考の1つになれれば嬉しいです!

 

 

 

ここまで読んでくださりありがとうございます^ ^

 

 

 

 

 

 

まめまる🥜

食事、外食への恐怖

 

パニック障害になってから苦手になったことの1つ。

それは食事です。

元々食べることが大好きで、鉄板焼き、焼肉、和洋中など、食べログで口コミの良いところに足繁く通うのが趣味でもありました。

 

ところが、パニック障害になってからは正反対。

食べ物を見るのも匂い嗅ぐのも気持ち悪くなり吐き気が…食べられても一口。水さえも受け付けませんでした。

特に人と一緒に食事することがとてもプレッシャー。食べなきゃいけない…当時の彼氏(現在の主人)、家族とでさえ同じ食卓に座って食べることが苦痛で仕方ありませんでした。

 

 

食事中、数口食べているとなんだかよくわからない怒り発作?のようなイライラが現れ、吐き気がし、椅子に座っていることも苦痛になりすぐに横になっていました。

数口で満腹になるのですが、満腹になると発作も出やすかったです。

 

 

少し調子がいい時は、外食に行ってみるものの案内された席に座るとソワソワし始めジッとしていられずお店から飛び出すなんてこともありました。(まだ水も持ってきて頂いてなかったので、まぁいいか、と今なら思えます…すみません(・∀・)笑)

 

 

とにかく"座って食事をする"ということが私にとっては"具合悪くならずに座って出されたものを全部食べなければ"という思考だったんですよね。

 

 

ものすごくショックでした。食べることが休みの日の楽しみだったのに家でも外でもご飯が無理。

友人からの誘いも断ってばかりでした。

 

 

 

食事への苦痛は2年近くありました。

ここ最近はようやく外食もそれなりに行けるようになり自宅ではわりとモリモリ食べています。(主人的にはもっと食べた方がいいと言って来ます笑)

 

 

しかし未だに行ける条件、行きたくない条件に分かれます(*_*)

 

◉行ける条件

・座席の多いチェーン店(ガスト、マック、松屋など)

・事前に決めずその場の勢いの時

・残しても怒られなさそうなお店(怒られはしないと思いますが(笑)1人必ず1品の食事注文など言われると調子悪くなりやすい笑)

・心許せる家族や友人(女性)と一緒の時

 

◉行きたくない条件

・座席が少なくカウンター席(圧迫感と店員と対面が厳しい)

・わりと行列だったり待ち時間があるとき(待ち時間がプレッシャーにつながる)

・ガヤガヤしてて甲高い笑い声や大声が聞こえてくるお店(音に過敏なのでゆったりしてる場所じゃないと追い込まれるような感覚で苦手)

・未就学児や乳幼児がいるとき(これは仕方のないことなので自分から避けるようにしていましたが、最近は少しだけ、本当に少しだけ(笑)克服しております。後日飛行機の記事を書こうと思うのですが乳幼児が機内でひたすら泣き叫ぶことに遭遇することが何度かあり、大発作が出た時から本当にトラウマなのです…(´༎ຶོρ༎ຶོ`)ごめんなさい…)

 

 

 

ザッと今思い出せるのがこのような感じです……( ゚д゚)

 

 

書いてて思いましたがとても細かい条件…笑

自分で自分の首を絞めるような思考だとは分かりつつも(笑)なるべく避けられることは避けております(*⁰▿⁰*)

 

 

 

ふつうに食事を楽しめるって本当に幸せなことだなぁ〜…としみじみ思います…

 

 

 

 

まめまる🥜

休職から退職

 

 

症状がひどく、電車にも乗ることが出来なくなったため(都内の満員電車の通勤でした。約40分くらいかな?)休職することとなりました。

 

 

 

それから半年休職した後(この毎月職場に電話することが本当に苦痛で苦痛で、電話する前日から発作がよく出ていたと思います_(:3」z)_)

退職となりました。

(自主退職ですが、治る見込みがないから…と諭されました。笑)

退職届書いて渡すのに看護部長と事務長が私の住んでる駅のカフェまで来ました。郵送のやりとりのはずが、お礼奉公の奨学金の残りの一括返済(150万円くらい)の誓約書?も必要とのことで直接対面に…

これは本当に嫌でした。外食不安(については後日書きます。)が酷かった時期なのでカフェなんてとんでもない…しかも人と待ち合わせするのも苦痛……

姉も関東の病院で看護師をしていたので夜勤明け同行してもらう予定でしたが、なかなか終わらず間に合わないかもしれないとのことで、

それでも終われば解放だ!と思って勇気を出し、家族に電話して支えてもらいながらなんとか無事終わりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

職場には好きな先輩や後輩もいたので、最後挨拶できず(フェードアウトのようなものT^T)

とても心苦しかったですが、、、

連絡を取り合い会いに来てくれた先輩や同期もいましたし、未だに連絡を取り合っていたりします。

 

 

 

 

 

 

はーーー看護師人生の幕閉じるの早い…仕事や患者さんは好きだったのに…という気持ちが大きかったです。

 

 

 

でも、私はとりあえず休んで休んで休んで、今まで頑張りすぎたからゆーーーっくりこれからの事を考えようと思うことにしました…(^。^)

 

 

 

まめまる🥜

 

薬が怖い

2015/12/21メンタルクリニック初受診 - まめまるパニック障害diary] 

前回の記事に、薬を飲んだ30分後のことを書いたのですが、初期ということもありパニック発作と副作用が混同してしまい、薬に対する恐怖が強くなってしまいました。

(元々、精神薬系への抵抗はありました。薬剤名を書いてしまうと先入観へと繋がる可能性があるので書きません。)

 

 

怖くて怖くてたまらなく、飲みたくない!!!という気持ちが出てしまい、クリニック受診時にDr.にその旨を伝えました。

すると、漢方薬でも出してみる?とのことで1日3回分出してもらうことにしました。

 

 

 

 

やはり漢方薬でも薬は薬なので飲む度に緊張感が高まり身体に何かしら出る症状(震え、吐き気など)をすべて副作用と思ってしまいました。

Dr.に相談し、漢方薬も辞め、約3年前、薬なしで過ごすことに決めました。

(決めてしまわないで、飲みたくなったら飲もう精神くらいに考えたらいいんじゃないかな??と昔の私に対して思います笑)

 

"現在は1年ほど前から1日3回漢方薬(3年前の漢方薬とは別のものです)、頓服用(ほぼお守り)の抗不安薬を持ち歩いていあります。"

 

 

 

薬を飲むのを辞めましたが、当初、発作は5分に1回くらいの頻度で私に襲いかかりました。

その度に泣きながら家族に電話していました。

電話で声を聞くと安心し、深呼吸し、とそのような繰り返しでした。

 

 

 

薬へは色々な意見があるかと思いますが、当時、頑なに薬への拒絶が強かったですが、今考えると、飲んで発作が少しでも楽になるのなら頼ってみるのも良かったのかな、、なんて思います。

 

Dr.は風邪引いたら薬飲むことと一緒なんだよ。と、よく言ってくれていたのですが、 私は薬への偏見が驚くほど強かったと思います。多分今もそこは未だぬぐい切れていません。

 

 

 

パニック障害で薬飲んでいない人の方が少ないのでは??と私は思います…

 

 

 

 

記憶をたどって書いているので、よくわからない部分もあるかもしれないです。ʕ⁎̯͡⁎ʔ༄

 

 

長々と読んでくださりありがとうございます!

 

 

 

 

 

 

まめまる🥜

 

 

2015/12/21メンタルクリニック初受診

 

初めてのパニック発作 - まめまるパニック障害diary

前回の記事のつづきです。少し日にち空きましたが体調悪いわけでもなくやる事が多く追われておりました😳笑

 

 

 

 

まめまるさ〜ん 

 

 

待合室では診察室に呼ばれ入った時にはすでに少し冷静さを取り戻していました。

一連の症状の説明をすると

 

Dr.『う〜ん…それは不安障害だね。とりあえずお薬出しとくから不安な時飲んでね。仕事も続けて大丈夫だよ。あとは軽度抑うつ状態だね。(待ち時間の間セルフチェックテストやってました。)』

 

そう言われとりあえず薬飲めばいいのか。仕事いけるかなぁ…

 

 

 

家に帰りその日はずっと寝ていました。

 

 

翌日、同棲中の彼氏(現在の主人)が仕事に行きしばらくするとまた前日と同じような発作が出てきたので慌てて薬を飲み横になりましたが漠然とした恐怖みたいなものが常にある感じでした。

 

 

すると30分後眠気と共にとてつもない不安に襲われ過呼吸を起こしました。味わったこともないような症状で私このまま気が狂うの?!死ぬの?!と混乱し、慌てて救急車を呼んでしまいました。

救急車が到着した頃にはまた症状は落ち着いていましたが泣き崩れていました。

 

"看護師戻れなかったらどうしよう。"

 

このことが頭から離れませんでした。

 

 

近所の総合病院に着き受診したことを説明すると先生はとりあえずおそらく検査データも問題なさそうだし不安障害って診断では間違いないと言いました。念のため甲状腺機能の検査も受けましょうということになり検査しましたが、何も問題ありませんでした。

 

 

 

フラフラになり帰宅し横になっていましたが常に不安感がつきまとっていました。

パニック障害についてネットサーフィンを始め、また落ち込み、私の人生おわったかも…当時はこう強く思い込んでしまいました。

 

 

 

 

 

 

 

ここまで読んでくださりありがとうございます!

 

 

 

 

まめまる🥜

 

初めてのパニック発作

 

今回は、初めてのパニック発作についてお話ししたいと思います。

 

これから書くことは、当時の事なので、他人の責任だ!と思い込んでいる部分もありましたが、現在では自分の中でそういった怒りや恨みもなく、パニック障害発症に関しては誰のせいでもないと思えているので、以下に記載することは、不快に思われる部分もあるかと思いますが、ご了承くださいませ🙇‍♀️

 

また最後の方にパニック発作の症状についても書いているので、調子の悪い方や見たくないという方は、ご覧にならない方がいいかもしれません🙇‍♀️

 

 

 

当時、病棟勤務の看護師だった私は1年目は覚える事が多く悩む暇もないくらい怒涛の日々を過ごしていました。

1年目の終わりくらいから少しずつ視野が広がりはじめた頃だと思います。

その頃、病棟の幹事をやっており、同じ部署に同期が一人いたのですが異動することになり、私一人と、先輩一人が幹事になりました。

そうこうしてるうちに、委員会にも入らなくてはならず、感染委員会と、褥瘡(床ずれ)委員会の2つに入ることになりました。(立候補ではありません。)

(内心、なぜこんな大変な委員会に2つも?!せめてもう1つは接遇委員会(月1の委員会)とかでしょ〜周りは委員会1つとかなのに何で?!しかも幹事もやらなくちゃならないのにと思っていました。本来は思ってることを言えれば良かった…)

 

これがまた毎週のように委員会があり、受け持ちを持ちつつ、勤務中1時間以上抜けださなくてはならない、また委員会の議事録や、委員会での発表、患者情報のまとめなども時間外勤務でも行なっていました🥶

毎週の褥瘡患者の回診も褥瘡委員会がDr.と回らなくてはなりませんでした。

その頃チーム異動もあり、重症患者が多数いるチームに行きました。

その他にも頼まれる事や、やる事が多すぎて、仕事に支障はありませんでしたが、頭の中が混乱している状況が半年以上続いていました。

(当時は断れない自分もいました。)

 

 

ある日、意を決して上司B に委員会について自分自身のキャパが狭くどちらか1つにできないか相談しましたが、『私に決める権利ないからね〜…』と言われその話は一旦終わりました。その当時、今考えるとわりとボロボロな状態だったと思いますが、もうやるしかないのか!!とりあえずやる事やろう、と更に自分を奮い立たせていました。

 

翌週、ナースステーションで上司Bと上司Aが次年度の委員会のメンバーについて話し合いを2人でしておりました。

私は受け持ち患者の仕事がひと段落していたので、ナースステーションで記録をしていました。

すると、

感染と褥瘡委員会についての二人の会話が聞こえてきました。

上司B『委員会2つは嫌なんだって〜…』

上司A『えーなんで?そんなのただのワガママじゃん。いいよーこのままで!!』

(おそらく私が記録をしていた事に気付いてなかった。)

 

私の心の声(え、これってワガママなの…自分自身では凄く頑張ってやってきたことだったのに…)

 

それを聞いた途端、自分の中の糸がプツンと切れ、もう何も頑張れないかも。と思った瞬間を今でも覚えています。

 

 

それを聞いた2週間後、チーム異動してから初夜勤がありました。夜勤中味わったこともないような気持ち悪さ(今考えるとパニック発作の始まりだったかと思います。)が私を襲いました。一瞬の出来事ですぐ収まったので、不思議に思いながらもそのまま夜勤をこなしその日を終えました。

 

 

夜勤明けとてつもなく疲れておりその日は帰って一日中寝ていました。

翌日は休みだったので2駅先の美容室へ行こうと駅に向かい電車に乗りました。

すると隣の駅に行く最中によくわからない気持ち悪さが込み上げ、ソワソワし電車からすぐ降りてしまいました。

外に出るととてつもない人混みの中でした。(都内でもかなりの人混みの場所)

何か閉じ込められているような、死の恐怖や周囲の音ががとても爆音に聞こえ耳鳴りと共にうずくまりそうになりました。それでもとりあえず助けが欲しく、顔を上げるとすぐ目の前にメンタルクリニックの看板を見つけました。勝手に足がそのクリニックに向かっており、ブワッと涙が溢れ出て号泣しながら受付に向かいました。

受付の方が優しく、ひとまず受付を済ませ待合室で涙と鼻水を垂らしながら待っていました。

(美容室はキャンセルのLINEをしましたよ🤭)

 

 

 

つづく…

 

 

 

 

 

 

書きながら軽い発作が出そうなので(笑)

またつづきは後ほど書きたいと思います!

長々とこのような拙い文章を読んでくださりありがとうございます!

 

 

 

 

 

まめまる🥜

 

#パニック障害#看護師

自己紹介❷

 

 

自己紹介の続きを…

しばしお付き合いくださいませ🙇‍♀️

 

 

祖母の死がキッカケで、私がなりたいものって本当は何だろう…と考えはじめ、やっぱり小さい頃から看護師になりたいという夢は諦めきれないと実感しました。

その後、先輩に相談しあれよあれよと就職してから1年きっかりで退職することとなりました。

 

 

 

その翌週には予備校に通い始め、バイトをしながら1年が経ち、受験…と、、関東の看護学校へ入学が決まりました。(端折りすぎた)

 

 

 

看護学校は本当に大変、とりあえず眠い、、寝かせてくれ…という日々が大半でしたが、出会ったある患者さんにとても思い入れがあり、それが自分の自信となって乗り越えることができました。

(かなり端的ですが個人情報なのでかなり端折ってます🥶)

 

 

 

看護師免許も無事に取得し、晴れて看護師に👩‍⚕️

 

 

 

 

その後、1年半看護師を経験しましたが、パニック障害を発症し、半年休職。当時、治る見込みもなく、公共交通機関の利用も出来ず、職場へ行くことすら出来なかったので、退職することとなりました。

(職場までは電車で30分程でした。)

 

 

 

そこから2年半経ち(この間に結婚)今は専業主婦として過ごしています。

 

 

 

若干の長いような短いようなまとまりのない(笑)自己紹介読んでいただきありがとうございます。

 

 

今後は、発症したキッカケになったことや、現在の状態、治療のこと、社会保障制度、クリニック選びなどについて書いていけたらな、と思っております💪

 

 

 

あくまでも、一パニック障害患者の個人の見解や考え方なので、そういうのもあるんだ…という観点で参考程度に読んでいただけたらと思います🙇‍♀️

 

 

最後までお読みいただきありがとうございました!

 

 

 

まめまる🥜